朝青龍のガッツポーズ

09月29日

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またやってしまいました。この人は懲りずに何度でもやりますね。口では反省をほのめかすけれど、内心は全く悪いことと思っていないことがよくわかります。これは親方が何を言っても元来聞く耳をもっていないのですから、変わることはないでしょうね。将来自分が親方になって初めて、言うことをきかない弟子をもって初めて、苦労しないとわからないことなのでしょう。まぁ角界に残るとか格闘技転向かとか言われていますが、これだけ批判されたら残らないでしょうね。

しかし憎らしいほど強い。あの集中力と負けん気の強さは天性のものなのだろう。自らへのバッシングを逆に力に変えてしまうのはさすがだ。子供のころ、北の湖対輪島に興奮していたものだが、ふてぶてしいほど強かった北の湖を憎らしいとさえ思っていた。全盛期の貴乃花も強かったけれど、朝青龍を見ていると同じく小兵横綱のウルフ千代の富士が何度も優勝を重ねていた時期を思い出す。

最近は相撲もあまり面白くない。取組みを見ていて「強いなぁ」と感心する力士がほとんどいなくなってしまった。白鵬ですら、絶対的な強さを感じない。これは恐らく対戦相手のふがいなさによるのだと思う。大関陣がまったく大関たる仕事をしていないからそう感じてしまうのだ。これでは相撲人気に翳りがみえてきてしまう。強い者同士がぶつかりあって初めて相撲の魅力がうまれるというのに、大関のくせにすぐにコロンコロンと転がってしまうのはただひとえに「根性がない!」とは言えないか?

さっきネットで見ていたのだが、朝青龍のガッツポーズを悪いと思わない人が6割を超えていた。ネット世代のみの意見だからこれが国民の判断だとは言わないが、今後の日本の行く末が見えてしまったようでなんとも複雑。今の時代にはそんなことを言うのは合わないとかいう意見まで出ていた。歌舞伎でガッツポーズしたらおかしいだろ?相撲のガッツポーズとはそういうことだぞ。もちろん落語にしても時代に合わせて変わってはきているが、古典を見失っているわけではない。そこが違う。相撲は礼節を重んじる国技であって、単なるスポーツではない。国の文化である。だから時代が変わっても守るべきことがこの相撲という競技の中にあるのだ。

しかしなぁ…いくら日本での生活が長いにせよ、この外国人横綱にそこまでの理解を期待することは酷な話だ。だって、もはや相撲をとっている世代も国籍も、見ている世代も変わってしまったから。これがことの本質かな。なにかと正当性をかこつけて安易な方へ流れている。これも「ゆとり教育」のせいなのだろうか?でもね、今はまだ相撲のルールでそういう決まりなんだもん、いけないものはいけない。筋が通らなくなったらもう終わりだ。それでも守らなければならない一線があるということはわかってもらいたい。

そのうち「スピニングトーホールド」のテーマ曲に乗ってテンガロンハットをかぶったテキサスブロンコのスモウレスラー(もはや関取といわない)が土俵入りする日もそう遠くないのではないか、とひとりの相撲ファンとして皮肉ををこめて言っておこう。

追伸:王者内藤対亀田の試合が決まったが、またマスコミ含め世間の亀田よいしょが始まった。さっきの筋の話ではないが、亀田が筋を通しているとは思えない。酒井法子もどうせ復帰するのだろうし、もうなんでもありの世の中。軽いなぁ…。

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