咬合のドグマ

10月15日

6-55-1咬合とは日常で毎日考えている問題のはずなのに、どんな先生に聞いても「苦手」とか「わからない」とかいう答えばかりを聞く。

私?「わからない」です(苦笑)。

いわゆるナソロジーが全盛だった頃(このスピードのご時世、もう大昔といってもいいかな)は咬合学くらいしらなきゃダメみたいな感じで、やる気のある先生はこぞって保母先生のコースに参加していたようであるが、結局のところどーなのというところまで突き詰めた先生はほとんどいないと思う。

それはなぜか?

咬合というもの自体が実にあやふやなものだから。

私が診療について考えるのは
「自分がやろうとしているその治療は、患者さんにとって本当に必要か?」だ。「必要ないことはするな、しかし必要なことは怠ってはいけない」というのを信条としているので、世の先生たちがいかに「必要のない(であろう)こと」を一生懸命やっているかを考えると、あれこれいじくりまわされた患者は不幸だなと同情する。

その中でも、もっともやってはいけないと私が考えているのは、広範囲にわたる咬合調整だ。

総義歯を含めフルマウスリコンストラクションのように、すべてを再構築するようなケースではこちらが咬合を決めてあげなくてはいけない。それはいい。その際に基準となるのが中心位であり、その誘導法はマスターしておいて損はない。

その中心位、間違ってはいけないが、これは“ただの基準”にしか過ぎない。

これを誤解している先生が多い。一番多いのは「中心位でなくてはならない」とか「長持ちしない」とか思っている先生たちだ。多分よく勉強されている先生なのだが、所詮それも教わった知識。しかも一方通行の知識。

私、藤本研修会に通ったが、あのエビデンスあり、経験あり、熱意ありの3拍子そろった講義は本当に素晴らしく、今でも若い先生方には行くべきと勧めている。当時、講義の中では質問しなかったが、食事のときなどに「先生、中心位で作ったとしても長期的にみれば、顎位って変わってきませんか?」と質問をしていた。それも例えを変えて何度か。講義の主張とずれる内容だけに、場を考えたわけだが、藤本先生も「それは変わりますよ」と正直にお答えくださって、ほっと胸をなでおろしたのをよく覚えている。他にも、「ホントはどうなんですか?」というのを昼食時によく教えていただいた。だいたい講義をされる先生方というのは、ご自身なりの経験談をお持ちで、建て前と本音をうまく使い分けていることが多い。そういうのを聞きだすのは、オフレコの時に限る。

藤本先生がよく出される30年の長期症例でも、補綴物は壊れている。中心位で作られたものなのに、である。

だいたい理想咬合をもっている人なんて、世に何パーセントいるのか。その人たちがみな咬合の不調を訴えているのか。犬歯誘導のないオープンバイトの人は全員が顎関節に痛みを抱えているか?ありえない。

いわゆる今の“中心位”で作られた補綴物でなくても(要するに下顎最後退位なのだが)、それこそ何十年と問題なく(もちろん壊れるケースもあるが)使えている、という趣旨の報告も多数あるのだ。だが、こっちはほとんど注目されない。

人間には「適応(adaptation)」という便利な機構が働くようになっている。しかもそれはものすごく強力だ。多少のずれはこれが吸収してしまうので、咬合も「あいまいなもの」となってしまう。

なにも私は咬合など気にせずともいいと言っているわけではない。大いに気にすべきなのだが、TPOをわきまえた考え方ができるようになっていないといけないと言いたいのだ。その、ここぞ!という場面で使うために知識をもっておかねばならない。知らなくても困らないから(実際臨床での99%はそこまで知らなくても大丈夫)勉強しないというのでは、患者に不誠実だ。

数年前に「他院で咬合調整されまくって、どこで噛んだらいいのかわからなくなってしまった」という患者さんがいた。こうなるともう手の施しようがない。これは間違いなく医原性の疾患であり、ミステイクである。

ここまでいかなくとも、酷いケースを見ることは多々ある。幸いにもアダプテーションによって症状はでていないが、これはないよな、というケースだ。ほとんどはこっちだが。

こういうことを起こさないような理論武装も必要だし、技術も兼ね備えておく必要がある。

勉強しない人のことはいいか。
それよりも、勉強してるがゆえにドグマに入り込んでしまっている人、少なくともやる気のあるそういう先生方には、一歩引いて物事を客観的に眺めることをお勧めする。あなたのやろうとしていることは、患者さんにとって本当に必要か?
歯科医療のほとんどは不可逆性の行為である。一度手をつけたら二度と元の状態には戻せない。
その責任を負う覚悟で日々の診療をしていなければならない。

とまぁ、そんなことを40歳前に気づいたのだが、これが30歳前だったらどんなによかったか。若い先生こそ、勉強に没頭すべきだし、そうすれば歯科の未来も明るくなるかもしれない。

私の30歳前は遊びまくっていて、それはそれは楽しい毎日でしたが(笑)。

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