大地震におののく

03月12日

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関東は地震が多いので、今までちょっとの揺れくらいではあわてることもなかった。震度3くらいならば、割と頻繁にあったし、小学生の頃は下校時刻に震度5もあった。ぴょんぴょん飛んで遊んでいたので気付かなかったのだが・・・。

九州にいた時は地震も少なく、むしろ火山って本当に噴火するんだということに驚いていた。

昨日の昼休み、業者と電話中だったが突然揺れ始めた。どうせすぐにおさまるよと注文を続けていたのだが、収まるどころか一向に揺れが止まらない。「これは大きいですねぇ」「そうですねぇ」「なんかやばそうですねぇ」「一旦切りましょうか、こちらから後でかけ直します」などとやり取りをしたが、実は片手で受話器を、片手で院長室の本棚を必死に押さえていた。

揺れが終わって、3時になったので患者さんもやってきて診療が始まったが、まだ小さな余震が続いていた。電話は全然つながらず、予約の患者さんも来ない。
当院は大きな被害はなかった。棚が移動したり、消化器が倒れるなどはあったが、高価な器械も倒れることはなかったし、その本棚から本がばらまかれるようなこともなかった。転倒防止のつっかえ棒がしてあったのが功を奏したようだ。

子供のいる者は電話するもなかなかつながらず、やっとつながるまではさぞかし心配だったことだろう。

帰宅後にわかったのだが、私の息子は中学校で部活中だったそうだが、体育館の天井が落ちてきたそうだ。当たってたら死んでた(本当か?)と聞いたが、とにかく無事で良かった。

実は昨日研修医の見学があったのだが、患者さんもおらず何もやることがなかったので、大学同窓会での講演スライドをそのまま見せてあげた。わざわざプロジェクターまで使って!その後、佐倉の勉強会で使ったスライドまでも見せてあげた。そのくらい暇だったというわけだ。

早々に切り上げて帰ろうということになったが、どうやら電車が動いてないらしく、スタッフには乗合で帰ってもらった。ドライバーの高森には感謝したい。

携帯もメールもなかなかつながらない状況だったが、夜の9時半頃に突如大量のメールが携帯に入った。近隣の先生や九州、広島から心配のメールだった。そうだ、と大阪にもメールしたりして、大丈夫だよと伝えた。さすがに仙台の仲間たちには今はメールをしてはいけないと思い控えていたが、ついさっきメールしたら県庁に避難しているとメールが返ってきた。無事でなにより。停電まだつづいてるのかな?なら携帯も充電切れちゃうでしょう。色々と心配。

津波の被害は甚大で、名取川流域の田畑を津波がどんどんとのみ込んでいく映像には身震いがした。まだ動いている車や逃げている人が濁流に巻き込まれていくのを見るのは辛かったながらも目が離せなかった。とんでもない被災者の数になるだろう。

改めて自然の威力を見せ付けられてしまった。

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